SSudo's Lab

須藤爽のブログです。専門は(英語)教育政策,教育経営。

【読書メモ005】「大学入試改革」に関する研究テーマをメモしておこうかと ② (文部科学省, 2021)

書誌情報

文部科学省 (2021) 「これまでの主な意見の概要(第1回~第20回)」

前回sudos.hatenablog.jpに引き続き、今回は「2. 高校教育、大学教育と大学入試との関係」から気になったところをチェックして参ります!

第2章全体の傾向

この章は、タイトルの通り、大学入試が高校教育・大学教育に与える影響についての記述が多い。例えばこんな感じ。

[委員意見]大学入試改革により高校教育を変えるという点を強要し過ぎてはいけないが、他方、大学入試の在り方が高校教育や高校生の学習の在り方に影響を与える側面もある。(p. 8)

本章で使用されている専門用語に、「波及効果」(washback effects) というものがある。簡単に説明すれば、波及効果とは、「テストが指導法や学習法に与える影響」のことを意味する。例えば、「大学入試に民間試験導入を!」論を唱える人は、「民間試験を導入することで、学校でのスピーキング指導の割合が増加し、高校生のスピーキング能力が上がる!」という考えを前提としている。

波及効果に関する研究には長年の蓄積があり、今でも世界各国で研究対象となるテーマと言える。しかし、日本の高校教育を対象とした波及効果に関する研究は、ほとんど行われていない。行われているとしても、そのリサーチデザインに欠陥があり、良質なエビデンスは全く蓄積されていないと言っても過言ではないだろう。そのため、以下で見ていくように、波及効果に関するほとんどの意見が、発言者の主観的な経験や、発言者の身の回りの声に基づく(例えば、「……といった現場の先生方の声をよく耳にする」みたいな)、かなり危うい、客観性に欠けた主張が展開されている。

以下では、民間試験導入賛成派の意見と反対派の意見を抜粋し、それぞれの主張の正当性を確認していく。

賛成派の意見

まず賛成派の意見で典型的なのが、「大学入試が高校教育に多大な影響を与えている」という主張。例えばこんな感じ。

[外部有識者・団体意見]高校教員の実感として、学校現場は生徒や保護者の意見を酌むように動くところがあるため、大学入試が教育現場に与える影響は大きい。その意味では、入試改革の方向性をなるべく早く決めてほしいと思う一方で、影響力の大きさに鑑みて慎重に検討していただきたいという思いもある。
[委員意見]大学入試の在り方が高校教育の改善の足かせになっている面は否定できない。大学入試によって高校教育に影響を与えるという発想は必ずしも悪いことではない。
[委員意見]入試に過大な期待を寄せたのは反省すべきだが、入試が高校教育のあり方に大きな影響を与えていることに目を背けてはならない。(後略)
[外部有識者・団体意見]予備校関係者の立場から見ると、大学入試は事実上高校までの教育の目標となっており、教育に対して極めて大きな影響を持っている。とりわけ共通テストは決定的な影響力を持っていると考えざるを得ない
(pp. 8-9, 太字は引用者)

「入試が高校での学びに影響を与える」という点は否定しないが、現状、「入試を変えることで、教員の指導法が劇的に変わる」ことを示すエビデンスは一切ない。したがって、この点について今議論しても、不毛なように思われる。
気になったのは、この主張の前提として、「今の入試は高校での学びに悪影響を与えている」という考えが一定数見られることだ。

[委員及び外部有識者・団体意見]大学入試による高校教育への悪影響の排除は、大学入試の原則の一つ。入試改革に当たっては、大学入試に求められる原理原則を厳守した上で、高校教育にできるだけ悪影響を与えない方向で改善していくことが重要ではないか。
[委員意見]高校と大学は目的が異なっており、小・中・高を接続するのと全く同じ発想で高・大接続することはできないかもしれないが、入試が高校に悪影響を与えず、好影響を与えるような改善はしていく必要。(p. 8, 太字は引用者)

ここで言われている「悪影響」とは、明示はされていないものの、文法訳読法への批判と考えて問題ないだろう。要するに、「文法を学び、英文を訳す——なんて勉強やっても、英語をしゃべれるようにはならないよ。これからは、コミュニケーション重視の指導法を!」ということだろう。そして、リーディングを重視する今の大学入試では、高校教育に「悪影響」を与えてしまう。その解決策として、民間試験導入を切り札と考えているのが以下の主張からもよくわかる。

[外部有識者・団体意見]大学入試で英語4技能を課さないと高校教育は変わらない。大学入試で英語4技能を課すことで、教師全体の能力向上につながるのではないか。
[外部有識者・団体意見]英語4技能に限れば、大学入試を変えずに高校教育を変えることは困難。高校教育に英語4技能を育成するうえでの課題を聞くと、生徒や保護者には英語4技能の重要性を理解してもらうことが大変だという声が多い。保護者からは、入試で使わないのに必要なのかという声があると聞く。(p. 9, 太字は引用者)

以上が賛成派意見のまとめである(筆者自身が民間試験導入反対派であるため、多少偏りのある抜粋の仕方になってしまった感は否めないが)。次は「反対派」の主張。

反対派の意見

まず、「入試を変えることで高校での学びが変わる」という波及効果論についての批判の声がこちら。

[外部有識者・団体意見]1990年代から世界各地で行われた実証研究によれば、テストの質が教育に対し直接的な波及効果を与えるわけではなく、教員の指導方法等の影響が大きいため、単にテストを変えるのみでは、教育が改善する効果は限定的。

ご指摘の通り、波及効果研究は、Alderson & Wall (1993) を嚆矢として、今日に至るまで世界各国で行われている——が、この主張には重大な問題が2つある。まず、日本における波及効果の研究が不足していること。海外の事例を参考にするのを完全には否定しないが、その事例が日本にも当てはまるか(外的妥当性が保証されているか)、注意して該当する研究結果の知見を利用しなければならない。
次に、波及効果研究のリサーチデザインの不備だ。これについては、寺沢 (2019) で詳述されている。
www.hituzi.co.jp
詳しくはそちらを参照されたいが、ざっくり言えば、これまでの波及効果研究は、テストの妥当性 (validity)——テスト作成者がテストで測りたいと思う能力が、実際どの程度測れているか―—を検証することを主眼としており、「入試が変わる→学校での学びが変わる」という因果効果を検証することを目的としていない。また仮に因果効果の検証を目的としていても、因果推論の知識に欠損がある研究者が大多数なため、リサーチデザインに問題がある。そのため、先の外部有識者・団体意見による主張は、一見研究データに基づいているようにも思われるが、実際のところかなり根拠が薄い主張と言える。

お次はこちら。

[外部有識者・団体意見]「入試を変えれば高校生の学習方法が変わる」という議論の前提についても、進学中堅校には当てはまらないという研究成果も出ており、慎重に検討する必要。
[外部有識者・団体意見]高校教育の改善も進みつつあるが、大学入試の影響を受けないということにはならない。入試が変われば、高校生の学修行動が変わるという話は進学中堅校では当てはまらないというが、むしろ、いわゆる進学校の方が大学入試の影響を受けにくいのではないか。(p. 9, 太字は引用者)

ひとつめの主張は、研究成果を紹介しているが、どの研究のことを言っているのだろうか(どなたかわかる方がいましたら、ぜひご教示お願いします)(追記)、これはおそらく山村他 (2019) による知見をもとにしている。たしかにこの研究は、3年にわたるパネル調査をもとに高校生の学習行動に大学入試がどのような影響を与えたかを調査した貴重な研究ではあるが、注意したいのは「入試を変えれば高校生の学習方法が変わる」というテーゼについての判断材料を提供したものではないという点である。入試改革、すなわち、入試の「変化」による影響を観察したいのであれば、その変化前と変化後のデータをもとに比較分析する必要がある。しかし、この研究で対象としてるのは、「『現状』の入試がもたらす高校生の経年的な学習方法への影響」についてであって、大学入試に対する高校生の意識や考えを把握することには寄与していても、入試「改革」がもたらすインパクトについては対象外であるように思う。

先の外部有識者の発言の話に戻る。どちらも、「学校のレベル」が波及効果に影響を及ぼすのでは? という主張。確かに興味深い視点ではあるが、学校のレベル以外にも、波及効果の程度に影響を与えそうな要素はいくらでもある。例えば、教員の年齢とか、教員の英語力、公立・私立の違い、等。こういった要素を俯瞰的に捉えている研究は今のところ無さそうなので、ぜひやってみようかと。

冒頭でも述べたが、ほとんどの主張が発言者の経験や知人の声をもとに、発言されている、という現状。お金も手間もえげつないほどにかかる大学入試改革を、データじゃなくて「勘」に基づいてやっていると思うと…… いちはやく、実証研究の蓄積が必要です。