SSudo's Lab

須藤爽のブログです。専門は(英語)教育政策,教育経営。

【読書メモ032】海外の15歳の生徒がどのように英語を学んでいるか (OECD PISA Project, 2024)

読書会で読んだ文献。記録として,読書メモを転載しておく。

書誌情報:OECD PISA Project (2024). How 15-Year-Olds Learn English: Case Studies from Finland, Greece, Israel, the Netherlands and Portugal
https://www.oecd.org/greece/how-15-year-olds-learn-english-a3fcacd5-en.htm

2025年から国際学力調査PISAに「英語力調査」が追加される(ちなみに日本は不参加の予定)。本調査はその実施に向けた事前調査として,フィンランドギリシャイスラエル・オランダ・ポルトガルを対象に,「15歳の生徒がどのように英語を学んでいるか」というRQの解明を事例研究を通じて試みている。詳しくは以下の通り:

In 2025, the OECD’s Programme for International Student Assessment will include an optional Foreign Language Assessment generating international comparable data on students’ English language proficiency. To support the analysis, and with co-financing from the European Commission, the OECD has conducted case studies exploring how 15-year-olds learn English in five countries: Finland, Greece, Israel, the Netherlands and Portugal. (p. 5)

以下,コメント。

  • 調査課題を「各国で英語がどのように学ばれ教えられているかについての知見がほとんど無い」(p.11) とし,そのために5か国を対象として調査している。その際,各国の3校を対象に事例研究を行った――と書かれているが,その3校の選定基準や根拠について明確な説明が記されていない。
    • 校長などの管理職,英語教師,生徒を対象にインタビュー調査を実施。調査対象に「生徒」まで含めている点は興味深い(それが分析に活かされているかは別として)。
    • 一方で,方法論的には,「国」を対象とする調査というより,「学校」を対象とする調査に向いていると思う。その学校の文化や風土,それを土台とする学級経営・授業の連関を調査することには向いているが,それだけでは「国」や「政策」との結びつきまでを包摂できるわけではない。
  • 関連して,そのような事例校を対象として得たデータを果たして「国」全体に拡大して捉えていいのか,疑問に思う記述もいくつかあった。
    • 念のため断っておくと,文書内では「この知見は国全体の傾向を代表することを目的としていない(("The findings do not purport nationally representative and should not be unterpreted as such" (p. 15)))」と書かれており,ここでの知見の限定性については警告されている。だが,分析ではけっこうその点を無視している印象を受けた。
    • 例えば,p. 131 のオランダ,フィンランドについて「外国語科目の選択として英語が大半を占めているという現状が,英語帝国主義を助長する恐れがあることを指摘する教師・生徒はいなかった」という指摘は,比較研究としては妥当な分析ではないし,そもそも単発のインタビューしか実施していないわけで,それを根拠にしても…… という感じ。
    • あるいは,p. 133 のTable 8.2 (下表参照)。紫と薄紫で彩られていてスタイリッシュな表に見えるが,一方で,表している内容はかなり怪しい。紫色の部分が「2校かそれ以上の学校で当てはまる項目」,薄紫が「1校で当てはまる項目」を表している。いやいや,どう考えても計量的な分析に足るほどの調査数じゃないでしょ…… この分析から,例えば「ポルトガルはlow-perfoming students に手厚くサポートする」というような国の特徴を導き出すことは強引すぎるのではないか。
OECD PISA Project (2024), p. 133
    • あるいは,p. 134 の「イスラエルは能力別の少人数クラスが実現されている」という指摘(ご丁寧に”in the schools visited” と書かれている)。これらをポルトガルイスラエル全体の傾向として捉えていいのか。
    • むしろ,p. 134 にある「オランダでは明確な individualising learning to meet each learner’s needsがある」のようなマクロな教育観や政策について記し,国ごとの比較を行ったうえで,それに沿って各実践をミクロに見ていく――というデザインの方が「言語政策」の議論にはつながりやすいと思う。各国の事例校を(理論的な裏付けがない状態で)1~3校選んで調査し,その知見をもとに各国間の比較を行うという手法は,さすがに無理筋ではないか。OECD PISA Projectよ,何をしているのだ?
    • 一方で,もしかしたら本調査は「質問紙作成のための予備調査」としての位置づけの可能性があるのではないか――という指摘が読書会の中であった。もしそうであれば,今回のような調査設計でもまぁ良いのかもしれないが……(だとしても,上記で言及した分析の粗さは正当化されないが)
  • “policy” という語の多義性と階層性が気になりました (p. 12):

four policy domains: 1) government and school policies; 2) students and learning; 3) teachers’ training and profile; and 4) teaching practices

    • OECD (2021) のスクショも添付しておきます。


    • 国レベルの政策と学校レベルの政策(・実践)が区別されていない印象。国がどのような政策を形成するかという点と,その影響を受けつつ学校がどのような政策・施策を形成・実践するかは別問題ではないか。
  • フィンランドでは英語が必修ではないものの,1990年代以降,事実上の必修科目となっている (p. 38; 130-131) という現状は,かつての日本を想起させる点でも興味深いと思いました。