書誌情報:Gazzola, Michele. (2023). Language Policy as Public Policy.
https://doi.org/10.4324/9780429448843
10月の言語政策方法論研究会で発表担当だった文献。
記録として,報告資料をこちらに転載しておきます。
実は2年前に別の読書会でこの文献のWORKING PAPER を読んだことがあり,そのときのメモがこちら:
sudos.hatenablog.jp
当時と比べれば私自身の公共政策についての知識も増えたので,格段に論文が読みやすくなっており,自身の成長を実感する機会にもなった。日本の英語教育政策を対象に政策実施研究を展開していきたい私にとっては,あらためて重要な文献であることを再確認。
この論文でGazzola が指摘する言語政策研究の課題を端的に言えば,公共政策学の知見や手法がほとんど採用されていない点(それによる問題点については後述)。事実,今回の研究会で報告させて頂いた際にも,「公共政策学の視点から言語政策を捉えると,こういう感じになるんですね~」というコメントを言語政策を専門とする方々からいただいたくらい,マイナーな視点であると言える。
1. Introduction
- “critical and ethnographic turns” (See Johnson, this volume) 以降,言語政策研究と公共政策学の関係が弱化したことを受け、その関係を回復させることを目的として書かれた論稿。
2. Public Policy and Language Practices
- 「公共政策」の複数の定義の共通点
- 公共政策の主体が「政府 (government)」である点
- 政策形成が政策問題・課題の選定/非選定に関わる点。
- 重要な点が「何もしない」ことも一種の政策であること。
- 政策形成は真空から生まれるのではなく,社会的影響を多分に受ける。
- 政策内容は,目的の選定と,それを達成するための手段から構成される。
- 政策決定は,技術的・政治的制約の中で行われる。
- 言語政策研究における政策と実践の区別の曖昧化
- Spolsky による言語政策の定義
- Spolsky (2012): language practices, beliefs, language management
- Spolsky (2019): language advocates, self-management
- 以下はSpolsky (2019) のなかでの説明 (p. 326)。備忘録として。
- Language practices: […] the actual choice of language varieties and the nature of speech repertories known and used by speakers in the domain concerned.
- Language beliefs: […] often collected as established ideologies, which assigned values to named and unnamed varieties to identifiable variations in language choice.
- Language management: […] the way in which some individual or group or institution set out to modify the practices and beliefs of members of the community.
- Language advocates: […] individuals or groups who lack the authority of managers but still wish to change its practices.
- Self-management: […] the attempt of speakers to modify their own linguistic proficiency and repertoire.
- 【コメント】今回の文献の焦点からは逸れるが,Spolsky (2019) が提唱する言語政策に関する3区分・5区分にどれほどの妥当性があるのか。研究会で本林先生が指摘されていたが,Spolsky (2019) では唐突にlanguage advocates / self-management が提示されている印象が否めない。これがもしも,language practices / belifes / management の3区分に関連する先行研究のレビューを行い,そこから得た議論の不足や限界を整理したうえで,language advocates / self-management という概念を追加する論じ方をすれば,まだ受け入れられやすくなるのではないかなぁ,というご指摘は確かにその通りだなと思った。
- “Policy” の多義性による混乱。それに伴うLPPの独自性の示しにくさ(特に、社会言語学との違いの不明確さ)。
- 一方、本稿の公共政策アプローチで言語政策を捉えれば、言語政策とは、言語に関する政府の決定に起因するものを指す。
- 個人の実践は政策ではない
- "Influencing people’s attitudes and behavior is usually the target or the outcome of public policy, but it is not part of the public policy itself." (p. 48)
- 個人の実践は政策ではない
-- 政策が人々の認識や行動に影響を与えることは認めるが、あくまでそれらは政策の対象 (target) あるいはアウトカムであり、公共政策それ自体には内包されない。
-
- 【補足】要するに、言語政策学が実践に注目しないわけではないけれど、政策と実践は区別して論じようね、という指摘。ただ思うのは、その媒介項にある部分についての注目は忘れられていない?
- 公共政策の観点から言語政策を捉えることで、言語に関する課題を扱う政府の行動に注目できることに加え、政策過程の各段階を示し、それらがどのように関連しているかを説明することができる。
- 【コメント】言語政策の定義を狭めることで政策過程の各段階(e.g. 形成、実施、評価)に注目できることもそうだが、政策と実践のつながりを自覚しないまま実践のみを記述する研究は「政策研究」とは言えないよ、という主張も成り立つように思う。
3. The Policy Cycle Model
- 政策の段階モデル
- 政策の段階モデルをLPPで用いることの有用性・意義
- 政策の段階モデルは,現実の政策形成過程を正確に写し出すことを目的としているわけではない。
3.1 Emergence of a Language Issue
it is important to study if , how, and why a certain issue becomes the subject of public debate, in order to understand the origins and the context of language policies. (p. 52)<<
3.2 Agenda-Setting
3.3 Policy Formulation and Adoption
- 言語政策の中心にもかかわらず、現在の言語制作研究ではあまり注目されない領域の一つ。
- プログラム理論(=変化の理論・ロジックモデル):政策のインプットとアウトカムの因果関係
- インプット、アウトプット、アウトカムの区別。
- 【補足】例えば住民の健康増進のための健康診断を実施するというプログラムの場合,ロジックモデルは以下の通りとなる。健康診断実施のための予算(インプット)→健康診断実施(アクティビティ)→健康診断の受診件数(アウトプット)→健康意識の向上・追加検査の回数増加(アウトカム)→健康寿命の延伸(インパクト)(参考:杉谷和哉『日本の政策はなぜ機能しないのか』p. 40)
- 【補足】プログラム評価は大きく分けて,ニーズ評価,セオリー評価,プロセス評価,アウトカム評価,インパクト評価に分けられる。以下は杉谷 (2024) を参考にしつつ作成。Gazoola の文献では,ひとくくりに「プログラム評価」について論じているが,どの段階に目を向けるかによって方法論も大きく変わると思うので,もう少し詳細に検討できるなと感じたところ。
3.4 Implementation
- アクターの自律性に関する指摘(例として,学校の校長が挙げられている)。
- 政策と実践の不一致に関する指摘。要するに,政策を実施するアクター次第でその政策がどう実施されるかは変わるよね,という当然と言えば当然の指摘。むしろ,当人が抱える専門性や現場知を発揮する重要性を考慮すれば,政策と実践の不一致を前提とした議論を展開する必要がある。
- 【コメント】政策実施過程に注目した分析では,その現場の「コンテクスト」への配慮が重要だと思われるが,この論文ではその点の記述がやや薄いように感じた。具体的には,政策が対象とする「アクター」に関する記述が主で,例えば,「資源」や「環境」についての記述はない。
- 【コメント】研究会にて,「言語政策」と「言語教育政策」の違いは何でしょう? という壮大な質問をいただいたが,そこでとりあえず回答した点が,言語教育政策(特に学校での言語教育政策)では,政策の実施者の主たるアクターが学校・教師であり,その集団・個人に一定の自律性が保障されている点だと指摘した。
- 教育政策の主な実施機関である学校は,政策の影響下にある行政機関としての側面に加え,自律性を備え,それぞれの教育現場の状況や環境に合わせて教育活動を創造することが期待される教育専門機関としての側面も有する (浜田, 2013)。
- さらに,教育政策の担い手である教師は,政策の客体でもあれば,主体でもあるという二面性をもつ (Ball et al., 2012)。というのも,教師は政策の受身的伝達者ではなく,目の前の子どもたちの実情を踏まえ,教育実践を主体的に調節する役割が求められるからだ (Ball et al., 2012; Thornton, 2004=2012)。
3.5 Evaluation
- 質的・量的手法のどちらも利用できる。
- 法律研究:政策が施工中の法律に準拠しているかどうかの事後的な形式的評価。
- technically policy evaluation: 政策設計と実施における問題点の回顧的分析と,政策によるベネフィットとコストに関する実証分析。
- 【コメント】前者が政策の実施過程に注目した分析である一方で,後者が政策の効果・コストパフォーマンスに注目した分析。言い換えれば,コンテクストへの配慮 vs. エビデンスの重視 とも言えるだろうか。
- 重視すべき要素として、有効性、効率性、公平性。
- ここでの効率性は、費用と便益の関係のことを指す。
4. Language Policy Levels and Public Policy Types
- 公共政策学のアプローチを言語政策学に当てはめる際に,検討すべき問い
- 分析のレベル
- 公的な言語政策 (public language policy) と組織レベルで多言語主義を扱う他の形態との関係性,相違。
- 対象とする領域の広さ。後者は基本的に利潤の追求が主目的。
- 政策手法の豊かさ,法的根拠の有無。
- macro-level (e.g., the national government’s official language policy) and the meso-level (e.g., corporate language policy)
As Grin shows (2022), the complexity […] stem […] from the fact that the incentives and constraints faced by actors at the macro- and meso- levels are not necessarily aligned, and, indeed, they might clearly diverge. (p. 62)<<
- 【コメント】この論文では,政府↔非政府組織(企業など)の二項対立が中心だが,教育政策の場合だと,meso-level として地方行政の存在は無視できない。余談ですが,先日参加した教育行政学会のシンポジウムのテーマが「地方教育行政の広がりをどう整理するか」でした。