SSudo's Lab

須藤爽のブログです。専門は(英語)教育政策,教育経営。

JSCS2023(7月8日)で発表します

http://jscs.b.la9.jp/meeting/document/34/34th_program_2023_jis.pdf

7月8日(土)に日本カリキュラム学会(@大阪教育大学)で発表します。 教育学系の学会発表は実は今回が初です(「英語教育」の学会は別とすれば)。 以下、提出した発表要旨とちょっとした付け足しです。

タイトル

大学入学共通テスト英語試験の過去と未来

―2025年新課程入試と学習指導要領の整合性に着目して―

1. はじめに

 2022年より施行された高等学校の新学習指導要領に対応して、2025年から大学入試に新課程が反映される。本発表では大学入学共通テスト(以下、共通テスト)英語試験に注目し、(1)共通テスト英語試験が2021年の実施以降どのような評価を受けたか、(2)その評価が新課程入試の試作問題にどう反映されているかについて論じる。

2. 新学習指導要領と共通テスト英語試験

 2017,2018年に告示された新学習指導要領では、すべての教科で資質・能力が3つの柱で整理され、「主体的で対話的で深い学び」の視点から授業の創意工夫や教材改善を引き出すことが意図されている。外国語科では聞くこと、読むこと、話すこと[やり取り]、話すこと[発表]、書くことの「4技能5領域」に基づき目標が設定され、その指導を通して3つの資質・能力を育成することが目指されている。加えて、旧指導要領と比べ「活動」「伝え合う」に相当する文言が増加している点も新課程全体の方針と一致する。また、「論理」という用語が外国語科だけで計55回使用されている点も特筆に値する(旧指導要領では0回)。

 この指導要領改訂に追随する形で、2021年の大学入試改革は推進された(荒井, 2020)。その一環として、大学入試センター試験の廃止、並びに大学入学共通テストが2021年より実施された。2020年の旧試験と2021年の新試験を比較すると、英語試験には次のような変更が生じた。すなわち、(1)リーディングとリスニングの得点比率が4対1から1対1に変更、(2)発音・アクセント問題、語句整序問題の削除、(3)リーディング問題の総語数の大幅な増加(約2800語→約3900語)(朝日新聞, 2021)。(1)については「高等学校学習指導要領に示す4技能のバランスの良い育成」との対応、 (2)については「実際のコミュニケーション」の場面を想定して、音声・文法に関する「知識が活用できるか評価する」ことが目的であると記されている(大学入試センター, 2020, p. 4)。つまり、2021年以降の共通テスト英語試験は2018年の新指導要領をベースに作問された。ただし、新指導要領が施行されるのは2022年の高校1年生からであり、2021年に共通テストを受験する高校生は新課程の対象ではない。

3. 大学入学共通テスト英語試験への評価

 以下では2021年より実施された共通テスト英語試験に対する評価について、 (1)2020年1月から2021年6月にかけて文科省が実施した「大学入試改革のあり方に関する検討会議」(全28回)の発表資料・議事録、(2)大学入試センターが公開している「大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書」を基に整理していく。便宜上、(1)を「検討会議」、(2)を「報告書」と表記する。

3.1. 「英語4技能」をめぐる議論

 共通テスト英語試験は英語外部試験との併用を前提として作成され(南風原, 2018)、その関係でリーディングとリスニングの2技能に特化した試験となっている(大塚, 2020)。この点について、報告書や検討会議では共通テスト英語試験の4技能化を求める声が複数あった。しかし検討会議では、それに伴う実施コストや技術的問題についても指摘され、最終提言では「出題内容としては『読む』、『聞く』に関する能力を中心としつつ、『話す』、『書く』を含めたコミュニケーション力を支える基盤となる知識等も評価する」(大学入試センター, 2021, p. 26)方針が示された。 

 第18回の検討会議では渡部委員が英語4技能を切り分けて評価・育成することの問題点を指摘した上で、4技能を別々で捉えるのではなく「読んで,聴いて,それを理解したものを発表する」ような「総合的な能力,インテグレーティッドスキル」が重要であると発言した。この指摘を受け、第27回の検討会議では提言の内容について川嶋委員から「『英語4技能』というような表現を使っておりましたが,渡部委員等の御意見も踏まえ,この提言の中では『総合的な英語力』というふうな表現にしております」という説明がされた。事実、最終提言の中でも「4技能」という用語は一切使われていない一方で、「総合的な英語力」という用語は計35回使用されている。結果的に、新学習指導要領で重視されている「統合的な言語活動」に近い内容が提言として示されたと言える。

3.2. 多様な場面・状況を想定した問題作成

 高等学校教科担当教員による報告書の中ではリスニング問題について「より多様な場面, 状況設定」を要望する声が記されており、その一例として「賛成者, 反対者を問う設問」の中で「中立的な立場の設定を設けること」を提案している。これと似た指摘が検討会議でも為された。例えば、第22回に渡部委員が「英語の講義に対して生徒が英語で質問している場面を設定した課題」の設置を提案している。2021, 2022年の共通テスト英語試験のリスニング問題では教室場面での講義内容の理解や、複数話者によるやり取りの内容理解を問う問題は出題されたものの、渡部委員が指摘するような教室内での教師と生徒のやり取りを想定した問題は出題されていない。

4. 2025年の新課程入試の試作問題

 2025年新課程入試に向けた共通テストの問題作成方針・試作問題は2022年11月に大学入試センターによって公開された。試作問題の概要では、「『リーディング』形式と『リスニング』形式の試験問題を通して」「概要や要点, 詳細, 話し手や書き手の意図などを的確に理解する力」や4技能5領域を「統合した言語活動」をふまえて作問する方針が示されている。ただし、「4技能」という用語は資料の中では一切使われていない。

 以下、試作問題の分析を述べる。英語の試作問題ではリーディングが2問、リスニングが1問、計3問が作成された。リーディング問題の第A問では「授業中における生徒のスマートフォン使用の是非」をテーマに5人の主張がそれぞれ記されており(賛成派・反対派・中立派)、その内容理解が問われている。そのうえで、自分がエッセイを書くための準備を想定して、アウトラインや論拠の整理を問う問題が出題されている。第B問では「環境に配慮したファッション」をテーマとした文章を推敲する場面が想定されている。設問の中には文章の論理関係をもとに、適切な接続表現を選択する問題も含まれている。リスニング問題の第C問では「幸福観」に関する講義を聞き、その内容を踏まえて学生同士がディスカッションする場面が想定されている。以上のように、新共通テストでは4技能5領域の統合、特に「やり取り」を重視した問題構成となっていることが窺える。加えて第B問を中心として、論理把握やアカデミックライティングの知識・技能を直接に問う問題が出題されている点も旧試験と大きく異なる点である。2025年の新共通テストでは、読むこと・聞くことを中心としつつも、4技能5領域の統合、論理把握の重視など、新課程との整合性が従来以上に高まることが予想される。

参考文献

朝日新聞 (2021)「使える英語力、量で吟味 大学共通テスト、出題様変わり」2021年1月26日

荒井克弘 (2020)「高大接続改革の現在」中村高康(編)『大学入試がわかる本―改革を議論するための基礎知識』(pp. 249-274) 岩波書店

大塚雄作 (2020)「共通試験の課題と今後への期待―英語民間試験導入施策の頓挫を中心に」『名古屋高等教育研究』20, 153-194.

大学入試センター (2021)「大学入試のあり方に関する検討会議 提言」https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/103/toushin/mext_00862.html

南風原朝和(編)(2018)『検証 迷走する英語入試—スピーキング試験と民間委託』岩波書店

付け足し

以下、書きたかったけど字数オーバーで書けなかったこと

  • 2021年の大学入試改革の際は、教育改革の一手段として大学入試改革が推進されていた(小針, 2020)。例えば、2010年代に議論された大学入試への民間試験導入案は、「大学入試にスピーキング試験を導入すれば、高校でのコミュニカティブな活動が推進され、高校生のスピーキング力が向上する」という入試の波及効果を根拠として、改革が推進された(須藤, 2022)。検討会議でも上記の理由から英語4技能試験の実現を望む声は多数寄せられた(例えば、第8回参照)。一方で、共通テストの目的が肥大化している点を指摘する意見も複数挙げられた(例えば、第11回佐藤氏、第15回川嶋委員)。このことが影響してか、最終提言では、共通テストと学習指導要領の親和性を高める重要性を指摘した上で、共通テストの波及効果について「入試改革に過度に期待することは適切ではないが、高等学校以下の教育に望ましい影響やメッセージを与え得る大学入学者選抜に改善することは重要である」(p. 4, 下線は引用者)と控えめな記述が為されている。加えて、新課程が反映される2025年の共通テスト問題作成方針では、従来記されていた「授業改善のメッセージ性も考慮し」という文言が消えている点も特筆に値する(南風原, 2023)。
  • 以上をもとに、センター試験・共通テスト英語試験と学習指導要領の関係性についての変遷を振り返ると次のようになる。まず、2000年代のセンター試験では、倉本 (2020) も指摘するように、センター試験に対する公的な評価は高く、その「高評価の根拠は学習指導要領に忠実に従った出題が行われ『難問奇問を排除した』こと」にあった (p. 38)。しかし、2013年の教育再生実行本部の提言において、大学入試にTOEFLを導入する方針が示されたことを皮切りに、大学入試改革に対する注目が集まった(江利川, 2018; 倉本, 2020)。その後2010年代は、センター試験マークシート方式が及ぼす「高校以下の教育への負の波及効果に対する批判」(倉本, 2020, p. 38)に注目が集まった。加えて、大塚 (2020) が指摘するように、PISAや全国学力テストのような日常生活に英語試験に関して言えば、4技能を重視する学習指導要領と2技能特化型のセンター試験の乖離に注目が集まり、この点についても高校以下の教育への負の波及効果に対する批判が為され、その打開策として大学入試における4技能型の民間試験の活用が推進された(阿部, 2017; 須藤, 2022; 南風原, 2018)。その際、民間試験導入の推進派によって謳われたスローガンが「入試を変えれば教育が変わる」という言説である。つまり、センター試験・共通テストにおける英語試験は、2010年代に学習指導要領との不一致による負の波及効果が批判された結果、その整合性を高めるという発想を超えて、2010年代後半では教育改革を起こすためのツールとして用いられた。その目論見が大失敗に終わり、世間・有識者からの猛批判を浴びたうえで取り組まれる2025年の新課程入試では、教育改革のツールとしての側面は弱まり、学習指導要領との整合性を最優先に設計されることが議事録・試作問題から読み取れる。いわば、「入試によって」教育を変えるのではなく、「入試とともに」あるいは「入試を通じて」新学習指導要領を定着させよう——という控えめな態度が窺える(あくまで英語試験に限定した話だが)。一件落着にも思えるが、そう単純な話ではない。今後の展開として、つぎのケースが考えられる。
    • 新課程入試は、リーディング・リスニングを中心としつつ4技能5領域の統合的な言語技能を測定することを目指してはいるものの、あくまで4技能テストが技術的・費用的問題から実施できないことによる妥協の産物であるため、入試批判は今後も続く。どこぞの日本人の英語力の低さを示すデータを持ってきて、「やっぱり入試にスピーキング試験を導入しないとダメだ! 何も変わらない!」という声が挙げられ、共通テスト英語試験の4技能化が叫ばれる。
    • 批判の矛先が入試批判から教師批判に力点が移る。高校生の英語力が上がらないのは、英語教員が文法訳読の授業ばかりしているからだ、英語教員が英語を話すことができないからだ。英語教員の英検準1級取得率を高めるべきだ——みたいな。