SSudo's Lab

須藤爽のブログです。専門は(英語)教育政策,教育経営。

【読書メモ018】村上・橋野 (2020) を英語教育政策の観点から読む:8章と9章

前回の続き。

sudos.hatenablog.jp
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今回は、8章「権力の集中と分散」、9章「集権と分権」。

8章「権力の集中と分散」

政治主導の強まりによる結論ありきの議論

日本の教育政策過程の特徴をあらかじめ簡単に述べておくと、(教育政策に限ったことではないが)かつては比較的権力が多元的に分散していた実態が、2000年代に入ると政治主導の強まりにより権力集中が進んでいる状態とまとめることができる。(p. 155)

  • 教育政策では有名な話だが、2000年代、特に第一次 (2006-2007年)・第二次 (2012-20年) 安倍政権以降、首相・官邸の教育への影響が強まる。後の教育政策に特に影響をもたらしたのが、内閣直属の諮問機関である教育再生実行会議の設立である。ここでの提言が後の教育政策に大きく反映された(例えば、小学校英語*1や大学入試改革*2)。
  • 政治主導の政策決定→与党の政策選考が実現されやすくなる→ “Policy-Based Evidence Making” への転倒
  • 「英語教育の在り方に関する有識者会議」第8回の三木谷氏の発言:

三木谷:「すみません、いつも申したいことは、安倍内閣の最高機関である産業競争力会議の中の一つの趣旨として、やはり大学の入試改革というものがしっかりと提示されて、それもあり——それだけでもないと思いますけれども、この会は開催されているということを是非御認識いただきたいと思います」

ちなみに言っておくと、「英語教育の在り方に関する有識者会議」は中央教育審議会の下位部会であって、「英語教育の在り方に関する有識者会議」と「産業競争力会議」との間に直接的な関係はない。にもかかわらず、上記の発言は、産業競争力会議での提言を根拠に、それとは無関係の、別部門の場で大学入試改革の正当性を示している——というかなりの問題発言。是々非々の論議をすべき有識者会議の場で、結論先行を促す発言であると言える。超訳すれば、「あの安倍大先生がおっしゃったのだから、大学入試改革の実施は絶対なのだ! 批判を言っている奴がいるが、そろそろ黙った方が身のためだぞ!」みたいな感じだろうか。ちなみに、三木谷氏はこの有識者会議に加え、その小委員会にも参加している。小委員会でありながら、そこで議論された「民間試験導入案」は有識者会議を通過して実行に移された。

英語教育のアジェンダ設定の特徴

  • アジェンダを左右するのは政治家で、その政治家の行動に最も大きな影響を与えるのは選挙——というのが通説。しかし、「選挙ではほとんど論点にならないことが多い」(p. 167) 教育政策では、「アジェンダ——選挙」という関係性は弱まるのではないか。
  • 教育政策の中でも国民の関心を集める唯一の方法は、教育費を保護者・生徒、つまり、教育の供給サイドではなく受給サイドに優先させることである(小川, 2019)。教員の研修や教員不足の改善策という供給サイド側への優先度は低下している。小川 (2019) は受給サイドを優先した政策の例として、高校授業料無償化(就学支援金)、私立小中学校への授業料支援策をあげている。さらにその問題点として、受給サイド寄りの施策に予算が集中する分、その予算があれば解決できたであろう教員の長時間労働や人員不足の問題が改善されないことについて、批判的に考察している。
  • 割と英語教育は地方選挙ではアピールしやすい、と唱える英語教育学者もいる——という指摘が読書会であった。実証可能なレベルだが、今のところ実証研究はない。

9章「集中と分権」

地方と国

1990年代後半以降、他の政策領域と同様に教育でも地方分権化が一定程度進んだと考えられるが、2000年代以降は国の責任の明確化が主張されるようになり、集権化の動きも同時並行的にみられる。(p. 174)

  • 地方の自律性が高まると、地方自治体には官邸主導が及びにくい——というのが通説だが、教育政策の場合は必ずしもそうではない。というのも、「官邸→文科省→地方」というように、文科省が両者の接続を果たすからだ。例えば、英検の受験者数・取得者数関連の施策で考えてみる。先日発表されたアクションプランで示された、「個別入試で4技能試験を行う大学に対してインセンティブを付与する」とか「A1レベル(英検3級)相当以上の中学3年生と、A2レベル(英検準2級)相当以上の高校3年生を5割以上にする」という方針とか。あるいは、英語教育実施状況調査で示される英検取得率の都道府県ランキング。あのデータの杜撰さはひとまず不問にしておいて、都道府県ごとの平均点・ランキングは社会的関心を集めやすい。英検取得率を高めるための施策を自治体に打たせるための波が、文科省を経由して官邸・他省庁から及んでいることがわかる。

教育行政の集権性

教育行政に関して言えば、集権か分権かについては異なる見解があるが、融合、分散の要素は他の行政分野に比べてより強いと考えられる。(p. 181)

  • 例えば、青木 (2021) の分析によると、大学入試の制度設計は個別大学と大学入試センターに実施を依存している。 この融合の関係を民間企業にも通用すると考え、実施されたのが英語民間試験導入であった。
  • 「(前略)現場で「丸投げ」するスタンスが染みついていたことが影響した可能性がある。文科省本省は、いかに杜撰な制度設計でも一度動き出せば、現場(ここでは全国の高校)が企業の描いたシナリオに沿って動いてくれると考えていた節がある」(青木, 2021, p. 226

水平的政府間関係

加えて、国と自治体、あるいは都道府県と市町村といった「垂直的政府間関係」だけでなく、都道府県同士、市町村同士などの「水平的政府間関係」も重要である。教育政策・行政に限らず、自治体が新しい施策を採用する際には、他の自治体の動向を考慮することが多い(伊藤 2002)。またある県が私立高校への授業料補助を充実させた場合、隣県の高校進学や入試に影響を与える可能性があるなど、自治体の施策の効果が他の自治体に及ぶこともありうる。(pp. 175-176)

  • 2023年度から実施予定の都立高校スピーキングテスト (ESAT-J) が実現化された場合、高校入試におけるスピーキングテストの活用は他の自治体に波及する恐れがある(=水平的政府間関係)。事実、日本経済新聞によると、福井県教委担当者は「東京都などの動向を見て、英語力を高める成果を得る見込みが立てば再度検討したい」と述べていた――と報告されている (高校「話す英語」 どう測る - 日本経済新聞)

*1:詳細は寺沢 (2020) を参照のこと

*2:詳細は江利川 (2013)須藤 (2022) を参照のこと