SSudo's Lab

須藤爽のブログです。専門は(英語)教育政策,教育経営。

【読書メモ030】『高校入試に英語スピーキングテスト?』(大津・南風原, 2023)


読書会で読んだ文献。2023年度より都立高校入学者選抜にて実施された,中学校英語スピーキングテスト (ESAT-J) についての動向や問題点について整理されている。他の方から指摘されてなるほどと思ったが,本書は研究論文集というよりも,社会運動実践の文献に近い。たとえば第3章の波及効果についての説明は,(おそらく)あえて先行研究による学術的な話をメインにするのではなく,英語教育やテスト理論に明るくない読者にもわかるように内容が配慮されていることが窺える。

以下,本書の内容をもとに考えたことのメモ。

1章

p. 12 学習指導要領の逸脱について

  • 「ESAT-Jは、中学校学習指導要領に基づき、東京都が定めた出題方針により、出題内容を決めています」(L) と東京都教育委員会が述べている一方で,学習指導要領がどのような文法事項を扱うかを制限するわけではない――という浜教育長の回答。
  • 学習指導要領の最低基準という性質を逆手に取った方便のように思えた。教育現場では「最低基準」として位置付けられる学習指導要領が,入試では「出題範囲」として定められるという位置づけの違い。本来,後者であるはずの位置づけが,浜教育長の回答では前者の性質が念頭に置かれている。
  • 高校入試ではこのように教科内容面についての批判が集まりやすい一方で,大学入試(主に共通テストを想定して)では,学習指導要領や学習指導要領解説における教科内容面に注目されることはほとんどなく,どちらかと言えば教育目標や改訂内容に主眼が置かれている印象。例として,「やり取り」や「統合的な言語活動」。
  • 検定教科書と比較して貧弱な検閲体制。
  • 今回の問題点からはやや脱線するが,「学習指導要領との一致/不一致」についての判断が恣意的になりやすい。捉え方次第でどうにか押し通せてしまう。例えば,TEAPやGTEC,TOEIC などについて「各資格・検定試験が掲げる目的は、以下のようにそれぞれ多様であるが、いずれも学習指導要領が想定している言語の使用場面の範囲から外れるものではない」(p. 11) という文科省の見解 (L)。4技能の試験であれば,あるいは,CEFRに準拠していれば,学習指導要領に準拠することになるのか。学習指導要領の一部の項目に注目し,他の項目は除外しているにもかかわらず「準拠」とか「整合性を高める」という言葉を安易に使うことの危険性。

3章

p. 35 ESAT-J 事業の費用対効果

  • 本来,入試改革は他の施策と比較してコストがそこまで高くない点が特徴。しかしESAT-Jは事情が異なる。来年度以降契約するブリティッシュカウンシルが提示した額は6年間合計額209億5882万円。価格点は100点満点中0.6点にもかかわらず通過 (L)。
  • この金額があれば,例えば東京都の教員の留学に関する奨学金制度の充実や,クラスサイスの減少も進められるはず。
  • この金額を払ってまでして,スピーキング試験を行うことにどれほどの意義があるのか? そもそも,スピーキング力を測ることでしか,スピーキング力を把握することはできないのか? この点は,他の方法を実施する際のコストの点からも比較検討される必要がある。

p. 35「入試を変えれば教育が変わる」という言説についての最近の動向(大学入試も含めて)

  • 大学入試では,2025年の新課程の共通テストから,波及効果に関連する文言が削除。ただし,文科省による他の資料では,依然として民間試験の活用が波及効果を根拠に推進されている。

p. 45 テストの品質,公正性・公平性の向上と,事業者の利潤のトレードオフ

  • 「専門家が,都教委と事業者の間に立って,事業者の業務を管理し,テストの具体的な運営方針に関する調整を行うことが望まれます」(p. 47)
  • (上記に関連して)第三者評価についての議論
  • 「大学入試のあり方に関する検討会議」(2020~2021年)にて,イギリスのOfqual を引き合いに出しつつ,日本における民間試験活用の際の第三者評価機関の必要性について複数の委員より指摘された。その後,「大学入学者選抜における総合的な英語力評価を推進するためのワーキンググループ」(2021年~;大学入学者選抜協議会の部会)の第3回でも議題として取り上げられた (L)。配布資料の中に,全国検定振興機構のパンフレットが含まれている。それによると,総括評価,試験問題評価,会場運営評価の3つに評価が大別されている。
  • Ofqual は,イギリス国内のテスト業者の財政基盤や業務の実行能力などの評価をすることが目的。一方で,日本の入試の文脈で求められる第三者評価は,国内だけでなく海外で作成されるテストの観察・監督も含まれる。その意味で,他国の第三者評価の仕組みをそのまま直輸入できるわけではない。それに,個人的に最も評価してほしいポイントは,入試の公平性・公正性をめぐる問題なのだが,その役割を全国検定振興機構が担えるのか甚だ疑問。HPを見た限り,個々の検定試験に焦点を当てた評価であって,入試に活用した際の諸問題までは捕捉しきれていない印象。

p. 48「生徒の声」について

  • 子どもの意見表明・参画の機会について,ここ数年で(というか主に今年)法整備は急激に進展。例えば,2022年6月に公布,2023年4月に施行されたこども基本法では,憲法および子どもの権利条約に基づき,「こども施策を総合的に推進することを目的とする」ことが第1条に盛り込まれている(ちなみに「子どもの権利条約」に日本が批准したのは1994年)。また,2022年12月には『生徒指導提要』が12年ぶりに改訂され,子どもの権利条約やこども基本法に則り児童・生徒の権利の保障が明記。
  • このように子どもの意見表明・参画に関する法制化の動きは進みつつある一方で,実態がそれに伴っているわけではないし,複数の課題も抱えている(ex. 子どもの参画の形骸化/「子どもの声」の「子ども」とは誰か?)。その詳細については割愛するとして,ESAT-J 関連で思うのは,上記の文脈では,子どもは,権利の主体・政策決定の主体者としての面が重視されている一方で,「子ども=評価の対象」としての面も避けられないという点。入試はこの点がダイレクトに響いてくる。他の施策以上に権力関係を意識せざるをえないため,子どもが意見を形成しにくいうえに,その声が聴かれにくい。
  • ちなみに,「大学入試のあり方に関する検討会議」の第10回では,大学生・高校生が計2名招致されヒアリングを受けている (L)。先進的な取り組みだとは思うが,全28回の内,子ども・若者を招集したのはこの1回のみ。内容を見ても,形だけの参画になっている印象。