SSudo's Lab

須藤爽のブログです。専門は(英語)教育政策,教育経営。

【読書メモ024】移民政策と言語政策 (Khan, 2022)

書誌情報:Kamran Khan(2022)The Securitisation of Language Borders and the (Re)production of inequalities. TESOL Quarterly. https://doi.org/10.1002/tesq.3186

読書会で上記文献を読みました。以下、ログとしてメモを残しておきます(要約ではありません)。

1. Introduction

1.1. Language requirements

[...] an increasing shift toward 'Ius Linguaram' (Fortier, 2021; Gramling, 2016) in which language becomes a basis for citizenship claims.

  • 市民権が血統主義でも出生地主義でもなく、「言語主義」へとシフトしつつある——という指摘。
  • 西洋における multiculturalism は「失敗」したと言える。そのロジックは以下の通り:ホスト国が移民に居住スペースを与える→その恩恵にもかかわらず、信頼を裏切る行為が為される→政府によるもっと厳しい介入が必要だ!
  • Schinkel (2018) は上記の変動を "multiculturealism" と表現した (スペルをよく見ればわかるように、"multiculturalism" ではない)。要するに、慈悲を持って移民たちに介入するのではなく、彼ら・彼女らが integrated されていないという現実 (reality) をふまえ、もっと厳しい態度で接するべき——という動きのこと。

2. Securitisation and borders

  • 言語テストを設ければ当然受験者は「合格者」と「不合格者」に分けられるわけで、その弁別によって "inside" と "outside" のイメージも付加される。つまり、テストがあるから、"secure" な存在と "insecure" な存在も創出される。 加えて、言語とナショナリズムの結びつきの強さから、「当国の言語を話せる人間=安全/話せない人間=危険」というレッテルが貼られやすく、monolingual norm を助長する。

2.1. Language borders

2.2. A typology of language and bordering

  • "There are three main forms of borders in relation language assessment (Khan, 2021) all of which contribute to citizenisation." (p. 1462)

1. settlement linguistic borders : ある国に定住するための言語テスト
2. internal linguistic borders : 正式な言語テストではないが、何らかの主張 (claims) を行わせる(例として、宣誓 (oath) が挙げられている)
3. extraterratorial linguistic borders : "assessments which take place in other contries in order to enter another where settlement is desired." (p. 1463) 例として、spouse reunification や family reunification が挙げられている。要するに、市民権を獲得した人の家族や配偶者を呼び寄せられるか——についてのアセスメント。

    • 【コメント】 2 がよくわからなかったが、oath / citizenship でググってみたところ、以下のサイトを見つけた:https://www.canada.ca/en/immigration-refugees-citizenship/services/canadian-citizenship/become-canadian-citizen/citizenship-ceremony.html#oath このサイトに書かれている通り、カナダでは "internal linguistic borders" として、セレモニーにて60語程度の宣誓文と国歌斉唱が求められるらしい。
    • 【コメント】 カナダのバンクーバーに滞在している方の話によると、3 の実態はけっこう観察できるらしい。近所の中国出身の方が英語をほとんど使えないにもかかわらず、市民権を得ているらしいが、これはまさに "family reunification" の例だと言える。
    • 【コメント】 3 について、日本に移民した際に家族を呼び寄せられるかについては、子どもと妻は呼びやすいが、親については基本的に不可らしい。

3. Racial and intersectional implications

  • 言語テストにおいて非ヨーロッパ人が直面する困難さをヨーロッパ人やアメリカ人が味わうことはない(だって、英語が母語だから。テストを受ける必要もないし、受けるとしても言語能力的に苦労しない)。このように、今日の言語テストに基づく移民受入は、特定の人種・特定の言語を選好する構図となっている。

3.1. Costs and social class

  • 近年の動向として、ホスト国公認の言語試験の受験を自国のみで可能とする対応が増加している。つまり、ある国への移住を希望し当政府公認の言語テストを受ける際、その国以外で受験することはできず、必ず現地で受験しなければならない。当然のことながらそれには受験費用だけでなく旅費を含めた諸々の費用が必要となり、受験機会の時点で経済的選抜が行われていると言える。

3.2. Time

  • 市民権獲得のために費やした時間は帰って来ない——という点が割と見落とされがちという指摘。

4. Conclusion

General Comments

  • 全体的に抽象論に終始していて、具体的な事例の紹介がほぼなかった。
  • 当論文では、移民問題を安全性 (securitisation) との関連から述べている。この点について、日本はどうなのか。永吉 (2020) の分析によると、日本での移民が増加することで、「日本文化が損なわれる」や「働き口が奪われる」に肯定した回答者は3割にとどまった一方で、「犯罪発生率が高くなる」「治安・秩序が乱れる」に肯定した回答者は6割を超えたことが報告されている。永吉が指摘するように、移民増加と犯罪との関連について指摘する際は、「移民の増加が起こっている地域で生活環境が悪化する」ことと、「移民が生活環境を悪化させている」ことを区別して考察する必要がある (p. 150)。
  • 今回知ったが、在留資格としての「永住」と「帰化」は、前者が文字通り永住権のことでいわゆる「グリーンカード」に相当する一方、後者は「日本国籍取得」のことを指す。そして日本の特殊事情として、永住権よりも日本国籍の方が取得しやすいという点が挙げられる。永住権申請には、原則10年以上の滞日が必要なのに対し、帰化申請の要件は5年。ただし、永住権申請は「高度人材」に関しては1年(みじか!)で申請が可能で、この異例の短さも日本の特殊事情といえる。
  • 読書会では、イギリスの市民権テストが論点として挙がった。どうやらイギリスの市民権テストでは、イギリスの一般生活に関する問題だけでなく、イギリスの文化や歴史についてかなり細かい点まで問われるらしい(紹介してくれた方曰く、専門家が解いてもけっこう難しいレベル。仮にイギリスで育ったとしても、きちんとした教育を受けていなければ解答できないレベル)。この意図は何なのか。川上 (2019) は Morris (2017) の分析をもとに次のように説明する:

(前略)政府が申請者に対してイギリスの文化や歴史等に含まれるイギリス的価値や基本的考え方を理解させようという意図が強くなったからである。つまり、申請者がイギリス社会へ統合されることがより一層強調されるようになったと見る。その結果、オーストラリアやカナダ、アメリカ出身の申請者のテスト合格率は微減だが、アフリカやアジア諸国からの申請者の合格率は20~30% 減少した。このことを、Morrice (2017) は政府が社会に統合しやすいと考える移民を選別し、一方で、アフリカやアジアから流入する社会的弱者、特に女性を排除していると指摘する。さらに、市民権取得にかかる費用が以前よりも高額となっていることも、申請者にとってはイギリス市民となるための壁となっているという。結局、「市民権テスト」は、自律的で、経済的自立が可能な個人という先進国の比較的共通の価値観をもつ移民を受け入れ、それ以外を排除する仕組みとして機能しているのではないかと指摘する。その上で、「市民権テスト」の合格が必ずしも社会統合に繋がるとは限らないと主張する。(pp. 84-85)