SSudo's Lab

須藤爽のブログです。専門は英語教育政策。重要文献のログ・感想を残していきます。

言語政策研究における歴史制度論の活用

書誌情報:Sonntag, S., and Cardinal, L. (2016). State traditions and language regimes: A historical institutionalism approach to language policy. Acta Universitatis Sapientiae European and Regional Studies, 8 (1), 5-21.
https://doi.org/10.1515/auseur-2015-0010

Historical institutionalism(歴史制度論)という理論についての考察論文。
政策科学における「歴史制度論」を使って、言語政策の事例を上手に説明しよう! という考えは全面的に同意する。
ただ、紙幅の関係かは不明だが、理論的な説明が少し不親切である点や、歴史制度論ならではの強み(旧制度論・行動主義論との違い)についての記述が若干薄い気がする。そこを補足説明しながら、簡単に感想を記していく。

引用とコメント

The ‘new’ historical institutionalism of Skocpol and others refocused research on the state rather than society (Skocpol 1985; Hall and Taylor 1996). While states do react to demands and pressures from society, historical institutionalism suggests that the state has a relative degree of autonomy. That autonomy, we argue, is best defined in terms of state traditions – the institutional and normative baggage and patterns of state action. (p. 9)

新制度論(特に歴史制度論)と旧制度論・行動主義論の違いを述べている。「旧制度論・行動主義論」と並べて書いたが、当然この2つのアプローチも性質はまるで異なるので、まずはその違いについて簡潔にまとめておく。

旧制度論の主な目的は、各国の憲法や法律を詳細に分析することで、その前提となっている政治理念や政治哲学を明らかにすることであった。この場合、分析の対象とされているのは、「動かない」制度・規範である。しかし、政治の流れは決して静的なものではなく動的なものである。どのような流れで政治が「動き」、その変化に影響を及ぼした要因は何なのか――こういった政治の動態的性質に注目したのが行動主義論である。

行動主義論で特に重視されるのが「市民」というアクターである。行動主義論は経済学の影響を多分に受けており、市民の行動原理を「自己利益の最大化」と定義する。それぞれが自己利益の最大化という目標を掲げて政治活動を行い、国家は市民からインプットされる多様な利益をもとに政策形成を行う、いわば「調整官」の役割を担っている――これが行動主義論の政策過程のイメージである。

ここまでの前提知識があってはじめて、引用文の趣旨が理解できる。”While states do react to demands and pressures from society, historical institutionalism suggests that the state has a relative degree of autonomy.” とは、「確かに(行動主義論で指摘されているように)国家が社会からの要求・圧力に影響を受けることは間違いない。でも、国家にもある程度の自律性はあるはずだよ!」という指摘。国家を市民の利益の単なる調整官としてではなく、国家自体も市民社会に影響を与える一つのアクターとして認識する。国家は受身的に市民の利益を調整しているのではなく、能動的に政策形成に影響を及ぼしている――これが新制度論の立場である。

‘Critical juncture’ is an analytical tool used by political scientists to home in on pivotal points of interaction between tradition and policy. A critical juncture may be presented by social, political, economic, or environmental crises or dramatic change. Most recently, globalization has precipitated critical junctures as noted by Europeanists studying small nations (see, e.g. Keating 1998). More generally, major historical shifts, such as decolonization, war, redrawing national borders, the dissolution of old states and the emergence of new ones, have instigated critical junctures and provoked the reinvention of state traditions. At critical junctures, new patterns of governance emerge, but never completely divorced from the old patterns and traditions in which they were formed. In other words, state traditions guide policy choices, including language policy choices, along already established pathways, but these pathways can take a different turn at times. State traditions frame how language policy choices are conceived without predetermining the specific content of these choices. (pp. 9-10, 下線は引用者)

いわゆる「経路依存 (path dependency)」「決定的分岐点 (critical juncture)」についての説明。ある時点で、制度・政策についての経路・方向性が決まると、それがその後の方針の決定にも影響を与える――ことを意味する。

例として、キーボードのQWERTY配列がわかりやすい。現在のキーボード配列は、タイプライターのアームが絡まないように、わざと打ちにくい構造で制作されたという説がある(諸説あり)。現代ではそのようなことを心配する必要が無いし、実際のところ、もっと早く打てるキーボードの配列はあるはずだ(というのも、全言語共通で同じキーボードの配列という時点で、効率性よりも他の要素を重視していることがよくわかる)。じゃあ、なぜQWERTY配列に依存するのか。それは「変えるのに多大なコストがかかるから」である。ここでのコストは、費用面だけでなく、人々の認識に関するものも含まれる。現在のパソコン使用者はQWERTY配列にすっかり慣れ親しんでおり、たとえQWERTY配列よりも効率性の高いキーボードがあったとしても、わざわざこれまでの習慣を捨てて、新しい形式に乗り換える人は少ない。たとえそれが非合理的なものであったとしても、歴史による積み重ねがその経路変更を困難なものにする。つまり、これまでの歴史・習慣が現在の選択の幅を狭めているのである。

このような「経路依存」の発想を持ち出すことで、政策研究にどのようなメリットがあるのか。一つは、政治過程の分析を「引き金論」に単純化することの抑止である。ある政策が立案された背景を探る際、直近の事象・出来事のみに注目し、「〇〇という出来事があったから、その政策決定が為された」と済ませるのはきわめて粗雑な分析法である。政策決定の背景を構造的に把握するためには、現状の趨勢を見るだけでなく、歴史・時間的要素を含めた分析が必須となる。

論文全体の感想

  • 「教育政策」ならではの歴史制度論の特徴について、何か言えることはないのか?
  • これについて、村上・橋野 (2020) の指摘が示唆に富む。

1990年代までの日本の中央政府における政策決定システムは合意型民主主義の特徴が色濃かったことがわかる。(中略)しかし、1990年代半ばに衆議院選挙制度中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に改められると、比例代表の存在によって多党制の要素も若干残ったものの、徐々に二大政党への収斂が進み、2009年以降は現実に政権交代が起こるようになった。加えて、2000年代初めの省庁再編と同時に内閣府の設置など内閣機能の強化が行われたことで、不十分との批判はあるがそれ以前に比べて内閣への執政権集中が進んだ。日本の中央政府における統治システムは、権力の分立や共有を重視する合意型民主主義から、権力の集中を特徴とする多数決型民主主義へと移行が進みつつある。(中略)
 実証研究による結論を端的に述べると、1つは権力が集中すると与党の政策選考がより実現しやすくなり、過去の経緯に影響を受けるインクリメンタリズム(漸増主義)の要素は弱くなるということである(橋野 2016)。また、権力集中型の民主主義では政策の対立軸は1つに収斂しやすく、選挙もその1つの争点をめぐる賛否に集約されやすい。したがって、教育などの個別政策分野については、それが主要な争点とならない限り選挙に勝利した与党に白紙委任する形になりやすい
 権力集中であれば漸増主義的な政策形成は弱まり、与党の政策選考が実現しやすくなることは直観にも合致し、実証分析も行われているが、問題はそれが政策形成にとっていかなる点で短絡的、さらには中長期的な影響を及ぼすかである。これまでの研究では、教育支出への短期的な影響などは明らかになっているが、例えば、政治への市民参加の様態などの政治行動や、カリキュラムや教科書など、特定の政党や政治的勢力の影響が強くなることが危惧される教育政策・実践への影響はほとんど明らかになっていない。例えば、こうした教育政策について権力集中・分散による影響が明らかになれば、教育政策にとって望ましい政策形成の在り方についても示唆を得ることができよう。(村上・橋野, 2020, pp. 163-168)

  • 政策過程理論におけるインクリメンタリズムや歴史制度論が、教育政策過程においてどの程度適用できるか——という問題。権力集中型の民主主義でにおける教育政策は「与党に白紙委任する形になりやすい」のならば、過去の政策をある程度無視した大胆な教育政策を打ち出すことも可能なのかもしれない。
  • 上記では「教育政策」と一括りにして扱ったが、実際のところもっと細分化して考えるべき場合もあると思う。教育政策の中にも、教育支出、カリキュラム、教科書、入試制度…… というように複数のカテゴリーがある。それらすべてのカテゴリーが同じような制度変更・制度発展の経路をたどるわけではないはず。経路に影響を与える要因もそれぞれ異なることが予想される。このことは岩崎 (2012) でも同趣旨のことが指摘されている。

次に、制度変更の経路を特定する研究を進めるべきだとする。どのような制度であれば、どのような変更経路を辿るのかを明らかにするのである。また、制度同士のつながりが制度発展のパターンにどのような影響を及ぼしているのかも明らかにする必要があるとする。さらに、長期的な過程を組み込むことで、制度発展の分析を引き金論に終わらせないことが重要だとする。最後に、重要な公共政策を制度と考えれば、制度発展の議論は、政策の選択・発展の分析に応用できるとする。(p. 127)


上記のような議論は、教育政策分野で歴史制度論を使った事例研究の蓄積がある程度必要である。現状、私のフィールドである英語教育政策研究で、歴史制度論を用いて事例分析を試みた研究はきわめて少ないので(ゼロではない)、まずは事例研究の蓄積が当分の間の課題かなぁと思う。