だいぶ前に読んだ文献。因果推論の復習をしたいと思い、改めて読み直した。
以下、要約とコメントを記す。
書誌情報
A, Healy., and N, Malhotora. (2013). Childhood socialization and political attitudes: Experience from natural experiment. The Journal of Politics 75 (4): 1023-1037.
https://doi.org/10.1017/s0022381613000996
要約
リサーチクエスチョン
幼少期の経験は、後の政治・社会に対する考え方にどのような影響を与えるか?
=(具体的には)兄弟・姉妹の性別が、子どもの政治・社会に対する考え方にどのような影響を与えるか?
背景
- 幼少期における家庭環境が後の政治・社会に対する考え方にどのような影響を与えるかは、長年研究されてきたテーマの一つである。しかし、幼少期に個人の選好に影響を与える要因は複数あり、明確に「独立変数:幼少期の家庭環境」→「従属変数:政治的・社会的価値観」という因果関係を示すエビデンスはほぼない。
- 先行研究のほとんどが、「子ども」と「親」の関係に注目している。つまり、親の考え方が子どもにどれほどの影響を与えるのか――ということをテーマにしている。
- それに対して本研究では、「親」ではなく、「兄弟」に注目している――と言う意味で、先行研究とのGap がある。具体的には、「兄・弟」と「兄・妹」、「姉・弟」と「姉・妹」を比較することで、兄弟・姉妹のジェンダーの違いがもたらす影響を検証することを目的としている。
方法
(1) ケースセレクション
兄弟・姉妹をもつ者を対象とする。
(2) 処置
以下の組合せが設定されている。
① 「兄・弟」と「兄・妹」
② 「姉・弟」と「姉・妹」
(3) 処置の割当メカニズム
子どもの性別はランダムに割り当てられる。例えば、第一子として男の子が生まれ、その後、第二子が生まれた際、その性別が男か女かは人為的に操作することはできない。よって、「兄・弟」と「兄・妹」という処置の割当は、無作為に行われており、潜在的結果と独立している、と言える。
結果
- 姉または妹をもつ男性は、そうでない男性と比べて、男女の役割についての考え方が保守的であることがわかった。
- そしてその傾向は、成人後も変わらない。
インプリケーション
- 兄弟・姉妹の性別の違いは、子どもの政治的・社会的な考え方に影響を与える。
- これまでは、「親」から子への影響ばかりが注目されてきたが、「兄弟・姉妹」が子に与える影響も存在する。
- やはり、家庭環境は、子どもの思想形成に大きな影響を与える。
研究の限界
- 記載なし
今後の研究の方向性
- 家庭環境・幼少期の経験が子どもにどのような影響を与えるかを、本実験で用いた自然実験の方法論を参考に研究が行われれば、政治的社会化 [political socialization] の複雑なプロセスを解明することに寄与するだろう。
論文に対するコメント
1. 仮定の妥当性
(1) SUTVA
① No interference between units は満たしていると考えられる。
② Consistency に関しても、満たしていると考えられる。しいて言えば、「年齢の差」について、どのように考慮したのか気になった。例えば、「3歳差の兄と弟」と「10歳差の兄と妹」の場合、「性別」の違いだけでなく「年齢」の違いも影響する可能性があるのではないか。
(2) unconfoundedness
処置が無作為割当であるため、クリアしていると考えられる。
2. 評価等
(1) 分析結果の解釈の正確性
リサーチクエスチョン、仮説が明確に記されており、その答えとなるデータと解釈が適切に示されていると思う。
(2) 分析結果の頑健性 (robustness)
使用したデータセットがランダム抽出であるうえに、一方のデータセットで検証された仮説を、もう一方の全く異なるデータセットで再検証されており、robustness はかなり高いと感じた。
(3) 研究の長所
「家庭環境が子どもの政治的・社会的考え方にどのような影響を与えるか」という長年テーマとされてきた問いに対して、「生まれてくる子どもの性別」という人間にはコントロールができない割当を用いて自然実験を行い、質の高いエビデンスを提示している。
(4) 研究の短所
① 私が探した限り、「研究の限界」(limitation) が記されていなかった。確かに、uncounfoundedness や robustness が担保されているという点で、研究デザインはかなり優れたものではあるが、本研究の被験者がアメリカ人に限定されているという点(外的妥当性の問題)は指摘しておく必要があったのではないだろうか(まぁ、当たり前の話すぎて書いていないだけかもしれないが)。ジェンダーに対する考え方は、国によって大きく異なる。そのため、本研究はあくまでアメリカ社会の一部地域に限定されるものであり、異なったジェンダー観をもつ地域に本研究の結果を当てはめることはできない――という「限界」は記すべきであろう。
また、本研究で判明したのは、「姉または妹をもつ男性は、そうでない男性と比べて、男女の役割についての考え方が保守的である」という、ジェンダー観に絞った影響である。兄弟・姉妹の性別が子どもの価値観・考え方にどのような影響を与えるか、というリサーチクエスチョンに詳細に答えるためには、ジェンダーに関する考え方の影響だけでなく、他の要素への影響についても検証する必要があるだろう。
② また、そこまでの重要性はないかもしれないが、兄弟・姉妹間の年齢の差についても検討する余地はあると考える。「1歳差の兄弟・姉妹」と「10歳差の兄弟・姉妹」では、「性別」だけでなく「年齢の差」という要因も、結果に影響するのではないだろうか。
③ 本研究で使用されている2つのデータセット (PSP と NLSY) に関する説明が充分ではないように感じた。本論文中には、両者がランダムサンプルであることが明記されておらず、個人的に調べた結果、そうであることが判明した。私が知らなかっただけで、この2つのデータセットがきわめて有名であるがゆえにわざわざ書かなかった、という可能性もあるが、ランダム抽出かそうでないかはかなり重要な違いだと思うので、書いた方が良いと思う。
(5) 改善案
(4) の内容をふまえ、以下、改善案を述べる。
① 外的妥当性を担保するには、本研究のような internally valid な研究を様々な環境で行い、それらを比較することが求められる。要するに、地道に事例を積み重ねていくことで外的妥当性を高めていくことが今後の研究で求められる。
② 年齢の差ごとに、グループ化する方法があげられる。例えば、3歳差以下、4歳~5歳差、6歳差以上、といった具合に分類し、クロス表を作成する。その結果、それぞれの効果量に有意な差がないことが確認できれば、その結果が、純粋な「性別」の効果である可能性を高めるのではないだろうか。
(6) 応用可能性
(4) の① で述べた通り、兄弟・姉妹の性別を使った自然実験は他の項目を調べるうえでも応用できる。本研究で扱われた「ジェンダー観」だけでなく、他のテーマについても家族内の性別が与える影響を調査することができるはずだ。