SSudo's Lab

須藤爽のブログです。専門は(英語)教育政策,教育経営。

【読書メモ029】カリキュラムの教育経営学の構築とその課題(天笠, 2019)

読書会で下記文献を読んだ。いろいろと勉強になったので記録を残しておく。要約ではなく、コメントがほとんど。

書誌情報:天笠茂(2019)「カリキュラムの教育経営学の構築とその課題」『日本教経営学会紀要』, 61, 2-12. https://doi.org/10.24493/jasea.61.0_2


カリキュラムの教育経営学は, 教育目標, 教育内容, 授業, 学習評価, 教材・教具, リソースなどをカリキュラムの構成要素として一連の過程を動態的に捉え, “教育内容, 教育方法, マネジメントの一体的な把握” という教育経営学的思惟と手法をもって課題に迫る学問ということになる。(p. 3, 下線は引用者)

    • 教育内容、教育方法の分析に加え、マネジメントすなわち学校組織体制を考慮に入れた分析の必要性を主張。
  • 学習指導要領研究の研究課題 (p. 4)
    • 1. 学習指導要領の総則と各教科等の関係
    • 2. 各教科等における目標と内容の関係
    • 3. 各教科等の学年間及び学年種別間の関係
    • 4. 学習指導要領改訂のプロセス
    • 5. 各教科の教科書の編成・検定・採択と学習指導要領の関係・関わり方
    • 6. 学習指導要領改訂の政策評価はどのように行われているか
  • 【コメント】学習指導要領研究については、教育経営学だと学習指導要領のホリスティックな内容が扱われる一方で、例えば英語教育だと、外国語科・英語科に閉じた議論になりがち。その意味で、1 の視点は重要。
  • 【コメント】5 にあるように、学習指導要領研究に関連して、教科書に関する研究も必要。子安 (2021) が指摘するように、学習指導要領は日常の教育活動で意識されにくいが、指導要領をもとに作成された検定教科書は現場にダイレクトな影響をもたらす。一方で、検定教科書が必ずしも新学習指導要領を反映するわけではないという点に注意する必要がある。例えば英語教育だと、Fact Book のようなタスク寄りの教科書も検定を通過している。また、国語教育にしても、新課程では「論理国語」で論理的・実用的な文章を、「文学国語」で小説や古文・漢文などの文学的な文章を学習する——という括りがあるものの、「論理国語」の教科書で小説を掲載した教科書が検定を通過したことはちょっとしたニュースにもなった(参考記事)。このことからわかるように、検定教科書は学習指導要領や学習指導要領解説のみで編集・作成されるわけではなく、別の要素が強く関係していることが予想される。特に想定されるのが、現場の教員からの要請。そりゃあ、教科書会社からすれば、新指導要領との親和性のみならず、「売り上げ」も重要ですからね。
  • 【コメント】6 については、少なくとも英語教育の界隈では、まともな政策評価は全く行われていないと言っていいだろう。一応それっぽいものとして、文科省による「英語教育実施状況調査」はあるものの、制度設計がきわめて杜撰(詳しくは、寺沢さんの記事を参照してください)。問題点をかいつまんで言えば、(1) CEFRの生徒取得数について「取得した生徒の数+(取得はしていないが)目標レベルに相当すると**教員が見なした**生徒の数」の合算となっており教員(教科主任)の主観性がかなり反映される/(2) 調査の基準が曖昧。「A1相当資格を保持する (or 教員がそう見なした)生徒」と言っても、どの時点でその基準に達していることが条件なのか不明確。だから、例えば、5月に調査に回答するとして、「この生徒は今はA1相当は保持していないけど、11月ごろには保持するポテンシャルはあると思うからカウントしちゃおう!」みたいな恣意性が発揮されやすい/(3) 英語能力の正確な実態調査を目的とするならば、全数調査ではなく抽出調査を採用すべき 。中学生を対象とした調査だと、取得生徒数の割合のトップ層はさいたま市の86.6%、福井県の86.4% の一方で、最下位層は島根県の34.1%、鳥取県の34.6%。その差、およそ50%(笑)。常識的に考えて、この差はありえないやろーーと考えるのが自然ではないだろうか(ちなみに、全国学力テストの英語試験の最上位県と最下位県の差はおよそ10%程度)。これらの数値が(1) をある程度傍証していると言える。
  • カリキュラムが編成されてもその通りに授業が実施されるわけではなく、両者はしばしば乖離する。だからこそ、教育経営学研究でも、教育行政、カリキュラム・教育課程のみに射程を絞るのではなく、「授業」を研究対象とすることが求められる。ところが、「教育経営学の歩みを振り返ったとき、法制度や教育行政などに研究的関心の多くを注ぎ発展させてきた歴史がある。それに対して、授業などの教育活動に向かう問題意識や研究関心の熟成を含め、具体的な取組みは後れを取りがちであったことも否定できない」。(p. 5)
  • 【コメント】「改訂された学習指導要領は、文部科学省から教育委員会を経由して学校・教室までどのように伝わっていくのか」(p. 6) というテーマ。学校・教室レベルの視点で言えば、政府の統制 vs. 現場の自律性。授業まで踏み込むとなると「教科」にまで踏み込まざるを得ず、この点について教育経営研究・学校経営研究ではあまり開拓されていない印象。
  • 【コメント】「(前略)学校や教師への情報伝達については一筋縄ではいかないところがあり, 実態を明らかにすることをはじめ その普及・定着のメカニズムの解明が問われている」(p. 7) について、先日のCELES2023 でも質問をいただいたが、ここで言う「定着」をどう定義するか——という問題。例えば金子 (1995) だと、「新しい学習指導要領に基づいて、とくにそれの改善方針や改善された事項等を、各学校が新しい教育課程に、いかに反映させ、取り上げているかについての一般的傾向」(p. 5) と定義している。けっこうマクロな視点での定義。一方で、本論文で対象とするカリキュラムマネジメントとか、授業レベルでの定着過程を分析対象とするならば、この定義では当てはまりが悪く、よりミクロな視点で定義を設定する必要がある。あと、「定着」を判断する材料として、「期間」という要素も必要では? という指摘を読書会でいただいた。たしかに、新指導要領告示の直後は張り切ってその内容を反映しても、それが持続するかどうかは不明だし。
  • 【コメント】「学術的研究と教育実践をどのようにつないでいくか」(p. 8) という問題。筆者は、「基礎的研究と応用的研究とに分化・発展させていくことがあげられる」(p. 8) と述べている。言いたいことはわからなくもないが、正直なところ、よく理解できなかった。そもそも、「基礎的研究」と「応用的研究」の定義がよくわからない。言いたいことは、研究と実践をつなげる中間領域を構築しよう! ということだと思うが、あまりにもザックリしすぎている気がする。まず、「基礎的研究」を「研究」たらしめる基準は何なのか。当然のことながら、すべての研究が「基礎的研究」として優れているわけではないわけで、その辺の線引きをどう行うか。加えて「応用的研究」について、どこで応用するのか——という視点も必要ではないだろうか。論文中ではもっぱら「授業実践」に傾注しているように思えたが、「基礎的研究」を使用する場面は学校現場のみならず、政策形成レベルにも当てはまる。
  • 【コメント】カリキュラムマネジメントと教育経営課程の違いについて、あらためて大野 (2019) を読み直す必要を感じた。